パークスを出てた後、南海難波駅写したかったんですが・・・
これが見事に工事中で、幌付きときてる・・・がっかりするも・・・
御堂筋を歩いていくと・・・
新歌舞伎座が見えました
のぼりが、たなびく ところなど、実に華やかな感じがします
エントランス前には、大勢の人が開演を今か今かと、待っていました
ここも取り壊される予定なので、寂しい限りです
公演中の演目は、
元禄めおと合戦 ‐光琳と多代‐ 4/1から25まで
主演 藤山直美 中村梅雀
エントランスです、周りに沢山人がいました・・右手にチケット売り場があります
左から前売り、 中は、本日分の電話受付分、左は、当日券です・・
前売りは、当月の最終公演までと、翌月・翌々月までです なので・・
25までの、
元禄めおと合戦 ‐光琳と多代‐ と
5月
石川さゆり 特別公演 近藤正臣・特別出演6月
梅沢劇団創立70周年 梅沢武生劇団・梅沢富美男・前川 清 特別公演まぁ、当日券 一番高い席と、安い席から、売り切れになっています・・・・
大阪新歌舞伎座御堂筋を渡り、向こう側、北東から見てます
最初見た時は、相撲はここでやってるのかと思いましたが・・・
それにしても、なんとも凄い建物ですな^^
桃山風の目立つ建物は、村野藤吾の手によるもので、内装も豪華な造りになっている
客席は、3階まであり、1638人の収容人員
新歌舞伎座でありながら、歌舞伎を行わない、変な建物で・・・
その理由は、創設時の事情にあるようだ・・・
1954年に松尾國三は、大谷竹次郎に乞われて 千土地興行の経営を引き受けたが
その同じ年から大阪歌舞伎座(1932年、現在ビックカメラなんば店のある土地に
新築開場)を本拠としていた関西歌舞伎はいわゆる「役もめ」から内部崩壊を開始し、
観客動員も急速に低下、もはや「3000人劇場」の維持は無理と判断した松尾は
「歌舞伎座の縮小・移転、歌舞伎座ビルの有効利用」の方向を決めた。
1958年4月の新国劇公演を最後に大阪歌舞伎座を閉鎖、
歌舞伎座ビル内部を改造して12月に「千日デパート」として開業した。
一方、御堂筋西側の「なんば大映」跡地に建設されていた新劇場は
「大阪新歌舞伎座」と命名されて10月31日に開場した(当時の収容人員は1835名)。
こけら落とし興行には尾上菊五郎劇団を迎え、
関西からは市川壽海・中村富十郎(4世)のみの参加にとどめ、
関西歌舞伎の本拠にはしない事を当初から明示していた。
松尾は「歌舞伎座」の名の手前
開場の翌1959年のみは年6回の歌舞伎興行を行ったが、
1960年以降は歌舞伎・新国劇・新派をしだいに追い出し、
より収益のあがる新しい興行形態の開拓に積極的に乗り出した。
移転計画50年経ち、老朽化や耐震性の不足から、移転計画が持ち上がっており、
上六の、旧近鉄劇場ビルへ計画が進行中で、これの上層階に、新歌舞伎座を移す
予定となっている、2010年をオープンを目指している模様
(Wikipedia)より
さてと、次行きましょ・・・
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