Author:よっちゃん^^
30代の乗り物大好き野郎です・・
猫3匹とグッピーを飼ってます・
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前前回の府庁から大阪城にきました、見えているのは、多聞櫓(重文)から
左に見える、千貫櫓(重文)です、まだ光が差しているの慌てて撮りました
千貫櫓
江戸時代、元和6年(1620年)に小堀政一(遠州)による、設計監督のもと
創建されれました、解体修理が行われた昭和34〜(1959〜)の工事の際
土台の木材から「御はしら立 元和六年九月十三日」の墨書を発見
この櫓の棟上式の日が明らかになりました。
現存の大阪城の古い建造物の中では、乾櫓とともに最も古いもの。
この地の石山本願寺を織田信長軍が攻めた時、本願寺のある隅櫓からの
横からから来る矢に悩まされ
「銭千貫文出しても取りたい櫓だ。」と言わしめたことから
後にこの櫓を千貫櫓と呼ぶようになったと伝えられており
後世の櫓にも同じ名が引き継がれている。
豊國神社に来ました、壱の鳥居を見ています
この神社、空堀沿いの桜門のスロープと反対の位置にありますが
お店や屋台で見えづらく、結構見落とされている感じです、よく忘れちゃって・・
なので、一度来たかったんです、境内は静かで落ち着いていました^^
出世・開運の神として、主祭神である、豊臣秀吉公を奉祀しており
ほかにも、豊臣秀頼、豊臣秀長も祭神として奉られている
関白太政大臣->太閤下(たいこうか) 一般には、太閤さんです
これは摂政・関白を子弟に譲った人のことです
明治12年(1879年) 11月 京都市の豊国神社の別社として創建。
当初は大阪市中之島字山崎の鼻
(現在、大阪市中央公会堂がある地点)に鎮座した。
大正元年(1912年) 中之島内で移動、現在の大阪府立中之島図書館西側に遷座。
大正10年(1921年) 京都市の豊国神社から独立、府社に列格する。
昭和36年(1961年) 現在地である大阪城公園内に遷座。なお、遷座前の社殿は
豊中市の住吉神社に移築されている。
手水舎を左に見て、正面に秀吉公の像が立っていました
彫刻家 中村晋也氏 作(平成19年文化勲章受賞)高さは 5.2メートル
後ろに、弐の鳥居 と本殿が見えます
桜が綺麗に咲いていました、陽が照ってないので、ちょっと立体感が・・
弐の鳥居越しに本殿を見てます 誰もいません どこか厳かな空気が漂っています
本殿に来ました、二礼、二拍手、合掌、一礼 伊勢に行ったときに覚えました
天下の大出世を果たした、太閤さんを、お祀りしているので、開運が期待を持てます
お参りを終えて、境内を出ます
太閤さんの像に見送られるようにして、出てきました
鋭い眼差しは、この平成の世
何を見ているのか・・怒っているのか、泣いているのか・・・・
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